「ロンドンの雨が生んだトレンチコート」

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万が一のために伺っておく。トレンチコートを、ご存知だろうか。もし知らないという方がいたら、今すぐ連絡してほしい。どうやったらトレンチコートを知らないまま生きてこられたのか。是非その半生をインタビューさせていただき、本にまとめ、出版し、ピューリッツァー賞を狙いたい。と、いうくらいメジャーで、スタンダードで、ポピュラーなキングオブコート。

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そんな誰しもが知るトレンチコートだが、実はその原型がいつ、どこで、誰によって作られたかは、誰も知らない。おそらくイギリスで、どうやら1900年台初頭に作られた、という程度だ。このままだと話が進まないので、一つ定義付けをさせてもらう。トレンチコートの原型となる「防水性を持った」コートは誰が作ったのか。前置きが長くなったが、それこそが今回語りたいブランド「アクアスキュータム」と、その歴史を一冊にまとめた本「COAT BIBLE」だ。

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このCOAT BIBLEは、日本でアクアスキュータムのライセンスを持っていたレナウンが、展示会などでプレス関係者やバイヤーにのみ配布していた非売品。しかもそのレナウンは昨年倒産してしまったため、この本は、非売品なうえ絶版となってしまった。資料としての価値はもちろん、読み物としても、非常にクオリティの高い良書だ。
さて、そんな良書の中から、今回はトレンチコートの項目を読み進めていく。ちなみにトレンチとは塹壕のことで〜とか、D管は手榴弾の〜とか、裏地のクラブチェックは〜なんてのは全部省略。その辺が知りたければ、後ほど山ほどあるその手のサイトの方へどうぞ。ここではただ一点、初めに定義した「防水性」についてのみ深掘りしていく。

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アクアスキュータムが防水生地の開発に成功したのが1853年。トレンチコートが英国陸軍のサービスキットに加えられたのが1914年なので、なんとその60年以上前には、すでに生地を完成させていたのだ。さすがは「水の盾」アクアスキュータムである。つまり、この防水生地は軍からの要請で開発したわけではなく、別の目的があったということになる。

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イギリス人は傘をささない、という話を聞いたことがあるだろうか。これは傘が嫌いなわけではなく、あまり意味がないからなのだ。その理由が、イギリス特有の霧雨。風に舞って横から打ちつける雨には、傘ではなくコートの防水性が重要だった。1800年代当時は、ケープを何枚も重ねたオーバーコートを着用し、さらにその上に獣脂を塗ることもあったそう。雨を防ぐためだけに重く、ベタつき、臭うコートを着ることは、かなりのストレスだったに違いない。そんな中登場した、一枚で風雨から身を守ってくれるアクアスキュータムのコートは、瞬く間に市民権を得ていくこととなる。
この技術が後にトレンチコートに採用され、第一次世界大戦当時、ロイヤルワラントを授与された唯一のコートへと繋がっていった。
そして1930年、それまでウールギャバジンだった生地を、防水性はそのままにコットンに置き換えたモデル「KINGSWAY」が登場し、以来90年以上も愛される馴染みのあるあのトレンチコートが完成したのだ。

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アクアスキュータムの工場の一角、優雅にアフタヌーンティーを楽しむいかにもイギリス人らしい一人の老紳士。COAT BIBLEの冒頭は、この老紳士の語りから始まる。
「ロンドンの雨から、トレンチコートが生まれたこと。我々にとっては、そこに意味があるんだ
。」
真意は分からない。ただ一つ確かなことは、ロンドンの雨に、感謝。

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